2013年6月25日火曜日

ボトルシップ・マン

漠然と「これを作りたいなあー」と思うものがある。
ただゴールの姿は見えてるのに、その道順がわからないことが多い。

なので、うーん...と悩んでしまう。

これはいっぱい考えて、組み上げて、頭の中で出来上がったもの。
それを取り出せなくて苦しんでいる、と言い換えることが出来るかもしれない。
出来上がったものに対しての出入り口が小さすぎるのだ。

多分、頭の中でボトルシップを作ってしまったのだろう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%83%88%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%83%83%E3%83%97

元々部品を素直に外で組めば良いのだと思う。
そうしたら風呂でだって川でだって海でだって船を浮かべることが出来る。

ただ、たまたまボトルの中で作ってしまったからそれが出来ない。

この世の中の多くは、そうしたボトルシップ・マンがいっぱい暮らしていると思う。
私もそのうちの1人だと思うのだけど、組み上げたアイデアをどう頭の中から出すのかで悩む。
簡単に考えると丁寧に部品を外し、少しずつ外に持ち出せば良いはず。

なのだけど、何せ会心の出来栄えだ。
何とかしてそのまま瓶から出せないかと悩んでしまう。

しかもボトルが透明なら良かっただろうに。
これがまた骨に覆われ、皮膚に覆われ、中身が見れないと来ている。
だから唯一の口から、その見事な姿を必死に言葉で伝えようとしてしまうのだろう。

しかし悲しいことにそれでは伝わらないから頭の中だけで孤独な航海を続けていくことになる。

もしかすると町ですれ違う人はみんなそんな孤独な船乗りなのかもしれない。
人というのはなんとも、器用な分だけ不器用であるね。

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