2013年6月11日火曜日

ARTORO参加記録 第二回目田植え その2

午前の部、田植えの前は野焼きを行いました。
http://toro-museumshop.jp/artoro

奥が本原さんの土器。
手前が前回作った食器を焼いています。

ちょこっとだけ手伝ったけど凄い熱かった...

朝8時半から用意が始まり、火が入ったのが10時ごろ?
私たちは丁度そのころ参加したんですが、結局17時の撤収ギリギリまでかかったようです。
それでも時間が足りなかったとか。

うーむ、土器を焼くのは難しいんだな。

本原さん曰く、登呂からは窯元が出てないとか。
今回の試みはそれで「もしかしてこうやって土器を焼いたのでは?」というテストをするという話らしい。

へ~、なんか良いね!
※実は行くまで話の趣旨を理解していなかった。



そして無事に?(かどうかは見てないのだけど)焼けた後も一苦労が。
一気に冷やしては加熱された土器が割れてしまうので、撤収時にはモミガラに入れて保温。
そしてジンワリジンワリ冷却をする必要がある。

たまたま見たら「焼けた土器にモミガラが引っ付く!」と楽しそうな悲鳴が上がっていました。

後で聞いたのだけど、モミガラ跡があるものは「食べ物に使われた土器」と仮定されてるらしい。
今回はモミガラが燃料になっているし、冷却法ではモミガラが引っ付いてしまっている。
なので、もしこの方法が正解だと歴史が一部変わるかもしれない。

うーん、興味深い話だ。

そうなると上の検証実験の写真みたいのが教科書に載るのだろうか。
ARTOROが教科書に載ったら面白いね(こういう妄想大好き)。

しかし実際はどんな話だったんだろうね?
どうにも一点気になったので登呂の人に聞いてみた。

火葬っていうのはあったんですか?

昔読んだ「マンガ日本の歴史」で、フグを食った家だったかな?
結局一家全滅しちゃって、そのまま火葬してたような覚えがあるのですよ。

普段土葬でも特別なときに火葬とかあれば、そこで焼いてた可能性もあるかなーと。
そうすると普段から焼けないわけだから、器を大事にする話にも繋がるような気がするし。
窯元が出てこないのも理由がつく!と思ったんですけどね。

残念ながらそう言うこと(火葬は)なかったそうです。
うーん、実際にはどうやって作ってたんでしょう?

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