2013年7月12日金曜日

ARTORO参加記録 第三回目検地

今月のARTOROは「田んぼの面積を測ってみよう」ということでまずは田んぼへ向かいました。
http://toro-museumshop.jp/artoro

...しかし暑い、暑い、暑い、暑い。

今年の夏は本気で我々を殺そうとしてますね。
それほどまでに日差しは強く、照り返しはきつく、風も吹かずに体力だけを削ってくれました。

で、田んぼで検地。

今回出されていた宿題は「1歩を60cmにすること」でした。
でも色々あって考えて煮詰める余裕が無かったので勘に頼りました。

大体廊下の幅が83cmだからドアがこれくらいで...肩幅と比べると...

とか言いつつ、側溝の蓋を参考にしたのはナイショです。
http://www.maruei-con.co.jp/catalogue/015/007_jis.htm

検地が終わったら登呂遺跡に帰還。

途中の公園で子供が汗だくな私たちが列を成して歩いてるのを面白そうに見ていました。
多分彼女たちから見ると蟻と変わらなかったのかもしれないですね。

帰還してからはこの前植えた水田も検地。

田んぼの中にはデカい貝、おたまじゃくし、ザリガニなど色んな生物が居ました。
どれも外来種らしいんだけど、まぁ普通の都市圏で1万年前の環境が残ってるなんてことはないですからね。
これもある意味では自然の1つの形なんじゃないかと思います。

ザリガニで少し盛り上がってからは発表会。
...なんですが、何よりエアコンの素晴らしさに脱帽しましたね。

VIVA、文明の積み上げ、文明の利器。

発表会は初となる討論式?みたいな感じで気になるところを幾つか聞けたので良かったです。

しかしやっぱり移動、輸送などをどうやってたかが気になりますわね。
だってさ、仮にちょっとずつ採ったにしても結構な量になると思うんだよね。
その日の分だけならわかるけど、それだと他の疑問も出てくる。

昔の登呂遺跡はもっと川辺だったから船が一番確率高いはずなんだけどなー。
なんも論拠も証拠もないのが痛いところだ。

そう言えば炎天下を歩いていてふと疑問に思ったんですよ。
日本は街道がある程度整備されてるのに何故馬車が定着しなかったんだろって。

ある程度文明の発達していた江戸時代なんかも基本的には徒歩。

車輪が無かったのかと言うとそうではないみたいだし、平安時代には牛車もあった。
なのに何故そういう考えが出てこなかったのか、もしくは定着しなかったのか。
それとも別の何か、代わりとなる存在があったのか...?

ただその存在があれば、色んなものが今とは大きく変わってたのかもしれないですね。

町の作り方とか、人の動きとか、農業についてとか。
ちょっと新たに思考を巡らせて見ようかな、と思った第三回でした。

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