2013年5月31日金曜日

目玉焼き

私は重度ではないけど、卵アレルギーです。

...という前提での話になるんだけど、私は料理としての目玉焼きが苦手なのですよ。
だから朝食につきものの目玉焼きオンリー、もしくはベーコンエッグ的なものが現れると非常に凹む。
なので父方の祖父の家に行った時はいつも朝ごはんに困っていました。

祖父はハイカラな人で、朝は洋食。
しかもナイフとフォークを器用に使って食べるのが決まりでした。
横には当時なじみの無かった紅茶がありましたね。

目玉焼きはサニーサイドアップ(片面焼き)で半熟だったかな?
それに塩と胡椒をかけて食べてたような記憶があります。

祖父の目玉焼きは見てると美味しそうでした。
ただ実際食べると、やはり卵アレルギーの影響なのか、あの暖かくなった液状の黄身を食べると吐きたくなる。
なので確かいつも白身のみを、ほんのちょこっと貰っていました。

対して父は醤油派。
サニーサイドアップと半熟は同じなんですが、醤油をかけて食べる。
TKG(卵かけごはん)を考えても黄身を食べるなら確かにこれはあってるかもしれない。

疑問なのが、淡白な白身に醤油ってどうなんだろ?
私は味的に苦手でした。

母はソース派で両面、固め焼きです。
パッと見「お好み焼きか?」ってくらいしっかり焼きこみます。
ひっくり返すときに黄身が潰れて白身と差が無くなるため、ソースが調度いい味付けになります。

が...逆を言うとソースの味しかしないような...?
ちなみにこれだと辛うじて食べることが出来るんですが、まあ無理はしません。

そう言えば相方はどんな食べ方するのだろう。
多分食べられない私に遠慮して、目玉焼き食べてないと思うんですよね。

ところで不思議なんだけど、そんな苦手な目玉焼きもハンバーグやカレーと一緒なら食べれるんですよね。
多分黄身の存在感がグンッと下がってくれるからじゃないかと思います。

言い方は悪いけど「部品」としてなら体も抵抗が少ないみたいですね。

だから目玉焼きを食べるのに何をかける?と言う質問に対する私の答えはカレーが正解になりそうです。
でもカレーを食べるなら目玉焼きは別にいらないから、やっぱり滅多には食べないよね。

いつかカレーほど大袈裟にならない目玉焼きの友を探して...いや、アレルギー出るからダメだな。

そう言えば他にもケチャップやマヨネーズ、味噌なんかの意見もあるようですね。
これらを踏まえると要するに「塩分が足りてない食べ物」となるんでしょうか。

結局みんなが欲しいのは塩なのかもしれません。


ちょっとした反省

そう言えば先日のARTOROでの行動でちょっとした反省点を思い出した。
http://toro-museumshop.jp/artoro

葉っぱを取るときの出来事。
私は木に登って採ったのだけど、それではない。

こっちの葉っぱが大きいよ!

という事務員さんの言葉に動き出して、葉っぱを採りなおした。
そのときに小学生かな?の女の子2人にそれをあげてしまったのだ。

やさしいね!

みたいな発言が外からあったんだけど、正直「しまった...」と思った。
これは参加型のイベントであって、その作業に触れることが勉強であり収穫。
だから畑からの粘土の採取だって自分たちでやっているわけだ。

こうして私が「採ってあげてしまう」ことで、彼女たちのチャンスを潰してしまうことになる。
特に葉っぱは目の前の高さにあったのだから私がやる意味がない。

なので自然や歴史、知識と触れ合う意味のある体験を1つ奪ってしまったため、現在非常に反省をしている。

2013年5月30日木曜日

セパタクローと私。

世の中は基本的に自分と関係が無い世界で出来上がっていると思う。

自分と関係のない人が自分と関係ないことを起こし、自分が関わる前にいつの間にか終わっている。
普通に生きていればこれが99%以上を占めているんじゃないだろうか。

だから自分が目にするのは1%に満たない程度。
その中で喜んだり、悲しんだり、怒ったり、泣いたり、笑ったりする。

凄く広い目で見ると、感情とはなんか不毛だ。

題名に出てきたセパタクローも99%以上のうちの1つ。
全くもって自分と接点が無いし、多分今後生きていてもお互いに何も影響しない関係だと思う。

勝っても負けても私には関係ないし、笑っても泣いてもセパタクローには影響が無い。

だけどこの同じ地球に、同じ世界に、同じアジアに、同じように生きている。
そこで私と同じように喜んだり、悲しんだり、怒ったり、泣いたり、笑ったりしている人が居る。

接点が何一つないのに自分と同じ、不毛な感情が生まれては消えている。
個々を狭い目で見ると、感情とはなんか不思議だ。

そして、そう言う意味では多分世の中のほぼ100%は私と同じ人間なんだろう。

そんな同じ人間が同じ人間と競り合う、セパタクローという競技。
多分一生見ることはないが、多分一生忘れない存在だ。

2013年5月29日水曜日

学Q委員

初めて手を挙げたのは小学校の低学年のときかな?

学級委員、場所によってはクラス委員を決める話でした。
でも先生に「誰かやりたい人!」と言われるも、誰も手を挙げない。

結局そのまま10分間くらい決まらなかったような覚えがある。
詳しくは覚えてないんだけど、次に「この人なら!って人いる?」と聞かれた。

そうなると人気投票になってしまう。
いや、この場合は押し付ける目的だから不人気投票か?

当然クラスの中で「お前やれよ!やだよ!」の嫌な連鎖が始まる。
このままでは収拾がつかないと考えた私少年は1つの作戦を考えてみた。

当時は...というか今でもそうだけど、私は頼りにならない。
そのころから既にみんなはそれを知っている。

そんな奴がクラスの代表になったらどんな混乱が待っているかわからないだろう。

なら責任感のある人が続いて手を挙げて決選投票になるはず...
とまで細かいこと考えてませんで、なんとなく「焦らせよう」と思って手を挙げたわけです。

「じゃぁ僕やります!」

で、みんな案の定焦ったみたいなんですよ。
その後はトントン拍子に手を挙げ、決選投票になって落選。
私の計画通りになったわけです。

今考えるとなんかダチョウ倶楽部さんのネタみたいですね。
http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=QOmoHwV5xnE

しかし非常に失礼な話でもあるんですよ。
みんなやりたくない!って主張してるから「じゃぁやるよ」って言ったら「お前にだけは!!!」って。
我ながら、幼少期からどれだけ頼りない人間なんだと、若干凹みました。

でもまあ思い通り行ったから良いかな。

学級委員の話はこれから6年生までずっとこの方式で行きました。
なのでしばらくは採決に苦労した覚えがないですね。

いやぁ、人望ないなー。

しかし6年生の1学期に、担任の発言により問題が発生しました。
実はその先生、3年、5年、6年と延べ3年間私の担任を受け持ってくれたんですよね。
ただ非常に相性の悪いというか、かなり辛い思い出がある先生です。

で、その先生。

最早恒例となった私の心理作戦を見抜いたのか、空気が読めなかったのか。
手を挙げた私に向かって言い放ちました。

いつもそんなにやりたいんならやらしてあげるよ。

低学年からコツコツと6年間手を挙げ続けて。
挙げ続けて、挙げ続けて、挙げ続けても選ばれない可愛そうな子はついに学級委員となったとさ。

めでたしめでたし...じゃねぇってばよ!

ということで、最後の最後で面倒くさい仕事を実際にやる羽目になったわけです。
当然のごとくミスは連発、間違いは続出。

怒られるネタになる、殴られるネタになる、槍玉に上がる。
もう踏んだり蹴ったりな日々が待っていました。

挙句の果てに剣道部の主将まで選ばれてるんだから不思議な年でした。
まあそちらの方は涙が出るほど光栄だったけどね。

この幼少の時点で代表なんてやる人間性でもないし、なれるような器もないのがよくわかりました。

ただそれ以上によく理解できたのは「心理戦は勝てる勝負にのみ行え」と言うこと。
そして心理戦は惰性で続けるな、ということ。

うーん、色んな意味で良い勉強になりました。

マカ不思議。

1年ほど前だったかな?
コンビニでマカの元気(明治)という飲み物を見かけました。

そう言えば一時期流行ったような記憶が?

で、思い返してみると私の記憶にあるのがグレートマカ。
そう言えば一時期全日本の武藤さんがblogで推してたなぁ...
この動画は見たことないけどね。

置いてあったのが栄養剤のコーナー。

恐らく滋養強壮の栄養補給に的な、若干ソフトな感じじゃないかな。
ということで丁度体に疲れが溜まっていたので購入してみました。






するとどうでしょう。

みるみるうちに眠くなり、目がトローンとしてきます。
目覚ましのために買ったはずなのに、これじゃ閉店間際だよ!

しかし飲んじゃったものどうしようもない。
なんとかがんばって目を開き、帰宅と同時に寝床へと倒れこみました。
その時は寝ながら「多分余程疲れていたのだろう」と思いました。

でも心に引っかかるものがあったので、また後日に。
今度は体力に比較的余裕があるときに試してみました。

結果、またもや閉店モード。何故!?

他にも数回、例えば1日2本とか連日とかやってみましたが結果は同じ。
常に目が開かないレベルで眠くなってしまうんですよね。

私の体に合わないんだろうか?
でも目が覚めたときはスッキリしてるしな...

今度はコンビニではなく薬屋で。
日中に、違うマカ製品を飲んでみることにしました。

メーカーはわからないけど、明治のマカよりちょっとお値段が高かったです。
http://product.rakuten.co.jp/product/%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%AF%E7%B5%B6%E5%80%AB%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%9E%E3%82%AB+50mL/db876d98f0e2894a1d5b76d809256393/

結果、やはり眠い。

うーん...体質なんでしょうか?
どうもマカを飲むと体が眠りモードに入るようです。
しかしWikipediaで調べてみたところではそう言う症例の話は出ていない。

やはり私だけなのかもしれない。

でも良く眠れるし、寝起きがとても良い。
なので症状が違えど、体の回復力は上がってるみたいだから気にしなくて良いのかな?

とりあえずまた別のものを試して見ることにしました。
今度はオリヒロさんから出ている
http://maca.supples.jp/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%92%E3%83%AD%E6%A0%AA%E5%BC%8F%E4%BC%9A%E7%A4%BE/%E7%94%B7%E3%81%A8%E5%A5%B3%E3%81%AE%E6%A1%B6%E7%8B%AD%E9%96%93%E3%80%80%E3%81%A8%E3%81%A9%E3%82%81%E3%81%AE%E3%83%9E%E3%82%AB%E5%B0%86%E8%BB%8D/index.html

しかし精力剤系ってどうしてこう面白い売り文句が多いんでしょうね。
箱に「男と女の桶狭間」って書いてあるけど、勢いは伝わってくるんだけど意味がわからない。
ちなみに私はこういう変な表現が大好きです。

今度は寝る前に飲んでみたところ、グッスリ。
やはりマカは私にとって安眠促進剤という感じなんでしょうか。

最後にこれを購入してきました。
メーカーはよくわからないし、まだ試していませんが名前が良いよな...
http://www.idrugstore.com/product/275987

イクゼヨby龍馬

やはり意味がわからないけど勢いだけがグイグイ伝わってくる。
龍馬って...坂本龍馬なのかな?

目が覚めたら顔がタケダテツヤさんみたいになってたらどうしよう...

2013年5月28日火曜日

ウィーンへ行って食べたものはみんな妙に固かった。

パンもそう、肉もそう、ケーキもそう。
だけど不思議だったのが噛んでても飽きない。
私にはこれが凄く不思議だった。

というのも日本食。
主に米に関して言うと、噛んでいると気持ち悪くなってしまうからだ。

もしかしたら本当の美味しさに触れてないからかもしれないけど、私はどうも苦手。
なので、どうしても少なく噛んで直ぐに飲み込もうとしてしまう。

主食で比べるとしたらパンになるのだろうか?
ではパンはどうだったかというと、噛んでても別に問題はなかった。

ホントに小さなことだけど、私にはこれが凄く不思議に感じた。

米が苦手な理由はある程度わかっている。
私は「おかゆ」が苦手なのだよ...

小さなころは病院生活が多く、よく病院食を食べていた。

当時の病院食の主力と言えば重湯やお粥などの「溶けた米製品」だ。
それらとあまりに多く接していたため、食べると具合が悪く感じられるようになってしまった。

この減少が口の中で起きているのだろう。
だから良く噛むことで米が徐々にお粥状になっていくのが耐えられない...

主食ということを考えると随分と厄介なパブロフの犬だ。

そう言えばパンと米とを比較したときに主食としても大きな違いがある。
前者は練り物を加工したもので、後者はそのままを加工したもの。

これは鰯で言うとツミレと刺身くらい別の物なのだと思う。

だから咀嚼についても理屈に若干の違いが出てくる。

パンは小麦を一度粉にしている。
ようは口の中で行う咀嚼の「磨り潰す」作業を予め行っているのかもしれない。
だから実際には噛み砕くというより唾液と混ぜ合わせる作業になる。

逆に米の咀嚼は口の中での粉砕作業。
磨り潰しながら唾液と混ぜ合わせるという2つの工程を同時に行っている。

これを踏まえると「米を炊く」というのはこの作業の効率化から始まったのかもしれない。
味や栄養という側面からも考えられるけれど、まずは柔らかく、摂取しやすくすることが必須になる。

またこの理屈とナイフやフォーク、箸を使って魚や肉を解すのも同じかもしれない。

西洋食と和食で大きく違うのはその破壊力だろうか。
ナイフやフォークであれば両手で食材を分解することが出来るためある程度固くても成立してしまう。

箸の場合、片手のみを使うためナイフやフォークほど力がかけられない。
その上咀嚼における仕事量が多いため、回数を減らす必要があったのかもしれない。
そのため、食品を柔らかくするようになったのだろうか。

また調理によって味付けが濃く、ハッキリしたものになったため、長時間の咀嚼に適さなくなったように感じる。
西洋食で言えばハンバーガーやサンドイッチなど、ファーストフードに当たる食事にはこの傾向が強い。

なので忙しいのも理由にあるけれど、日本人の食事時間が短くなるのは必然的だったのかもしれない。

逆に西洋食は行動を分担して、より咀嚼しやすくするため固さが残った。
咀嚼を長く行うために味を薄くした結果、素材の個性が比較的バラバラに存在している。

それを基本にしたため、交易が進んだ今でこそ美味しい料理が食べられる。
しかし、もしかすると香辛料などが手に入りやすくなるまでは大変だったかもしれない。

なるほど、だったらそれが金と同じ価値があったことも頷ける。

もしかすると「美味いものを食わせろ」という理由で世界中を蹂躙していたのかもしれない。
被害者の視点から見れば非常に迷惑な話だが、加害者もまた必死だったのだろう。

という話を朝食のときに考え、1人で納得をしていた。

ご飯をゆっくり食べられたからこそ、感じることが出来た話なのだろうか。
詳しくはわからないが、どちらにせよ、食事というのは文化・文明の結晶とも言える。

ゆっくりと自然に行いたいものだ。

原始欲と発電

2011年3月11日14時46分18秒、東日本大震災が発生。
日本は揺れた。

それからしばらくして福島第一原発の事故が確認された。
もしかするとそれは地震や津波よりも「大きな揺れ」だったのかもしれない。
安全という神話が根底から崩壊するほどに。

あれから2年経った2013年の現在。
日本で動いてる原発はほんの一握りとなり、多くの施設は停止している。

多くの人が一夜にして「原子力とは危険である」という認識に変化していった。
現在は原子力を巡って幾つかの派閥が別れている。

・それでも原子力発電所は必要だという推進派。

・危険は理解できるが現時点では必要であるという容認派。

・危険だから停止すべきであるという否定派。

私の意見は容認派に含まれると思う。
というのも正直言った話、代わりが見つからないのだ。

よく話題に出るソーラーや風力などはどうか?

所謂「再生可能エネルギー」を推す動きもあるけど、それができるなら最初からやっている。
それに海外ではどうかわからないが、少なくとも日本では天候に左右されるため出力が安定しない。
なのでそれらはあくまで電源の補助と考えるのが妥当だと思う。

現在の主力である火力は?

エネルギーコストがかかるのと環境への影響が大きい点は忘れてはいけない。
そもそも原子力が(名目的にも)推奨されたのは外部環境への影響が少ないからだったと思う。

原子力も昔は「魔法の技術」だったのだ。

オール電化の考えも原子力の安定供給があって初めて成り立つ。
火力はピークに合わせて調節をするが、原子力は稼動し始めれば一定の出力を保てると聞いたことがある。
そのため消費の少ない夜間はただ電気を作って捨ててるだけの状態になる。

それを活用したのがオール電化...という話らしい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%AB%E9%9B%BB%E5%8C%96%E4%BD%8F%E5%AE%85

確かに昼間使うエネルギーを夜間に安く賄えれば消費者も得だ。
電気会社としても収益ゼロだったものが一定の価格で販売できるから利がある。

珍しくどちらにも非がないWin-Winの関係という状態。
ただそれを推進した結果が現状と考えると、なんだか複雑になってしまう。

実際原子力の安定供給により一層の工業化の推進、発展が進んだことは間違いない。
また電気自動車や使われてるバッテリーなどの新規分野の開発への影響も大きいと思う。

だから以前から危険性自体は指摘されていたが、時代もその発達を望んでいたと考えるのが妥当だろう。

現在は急にブレーキがかかってしまった格好になっている。
特に極端な否定派は「原子力のない時代に戻りたい」という意見があるようだ。
酷い話だと電気エネルギー自体を否定する考え方になる。

原始欲、とでも言えば良いだろうか?

それ自体は理解できるから否定しない。
実際私も先日やった土器作りで「原始の生活」に興味を持ったからね。
ただ実際の問題として考えるとそれを推奨するのは難しいと思う。

もしそれを進めるなら少しずつ、人に不要なものを取り外していく必要がある。
それにはシンプルに生きれるように、生活とは何か?という概念から考えていかなくてはいけない。

よくミツバチが居なければ人類は4年もたないという話を聞く。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%9C%82%E7%BE%A4%E5%B4%A9%E5%A3%8A%E7%97%87%E5%80%99%E7%BE%A4

電気も彼らと同じで、存在をゼロにしてしまえばそれを根底とした全てが崩れてしまう。
だからあまり極端な方向に走ってしまうのは良くないのだけど、それを行わせてしまう恐怖感というのがあるのも理解できる。

遥か先の遠い目で見れば歴史の転換点に居ることは間違いないと思う。
だからこそ焦らず、騒ぎすぎず、冷静な目で向き合う必要がある。

原子力はもう「魔法の技術」ではないのだから。